私共「春帆」の初代は、歴史的にも有名なふぐの名店「下関・春帆楼」の仲居頭をさせていただいておりました。当時、地元の市議会議員の先生方や名士の方々にお声掛かりをいただき、初の暖簾分けをいただいて、「大阪店・春帆楼」を開店させていただきました。開店当時、ふぐは「毒物」とされ、その取り扱いには、警察からの「毒物取扱許可」が必要でした。初代が開店した「大阪店・春帆楼」は、その大阪府警本部の「(ふぐの)毒物取扱許可・第1号店」として開業させていただいたと聞いております。
昭和20年の大阪大空襲によって、初代が開業した「大阪店・春帆楼」は、残念ながら全焼してしまいました。その後、二代目が昭和26年、道頓堀川に「かき船・春帆」を開業し、暖簾を復活させました。
今では、すかっり、その姿を見なくなった「かき船」ですが、その当時から昭和30年代にかけては、道頓堀川にも、いくつかの「かき船」での料理屋が営業しておりました。
その後、昭和40年、道頓堀川の防波堤工事のため、道頓堀川に「かき船」を浮かべての営業が出来なくなり、宗右衛門町(現在の地)へと上陸し、「元かき船・春帆」として、新たな一歩を踏み出しました。
昭和54年、三代目(間 征一)が現在のテナントビル「春帆ビル(※1)」を建築し、その4階にて、スナック「マイルームしゅんぱん」を営業させていただいておりました。平成12年4月20日まで営業しておりました「マイルームしゅんぱん」は、現在の「四代目小鉢屋春帆」にもご来店いただいております多くの常連さんたちに愛されたお店でした。三代目の祭り好きに共感されるお客様も多く、現在、宗右衛門町商店会で主催されている「立春大吉厄除け餅つき(毎年2月3日)」なども、実は、このお店が主催してはじめた個人的な行事だったのです。
※1「春帆ビル」は、既に若くしてお無くなりになりましたが、三代目の悪友・親友、一級建築士・新家政延氏の設計です。常連さんの中には、同氏をよくご存じの方も多くいらっしゃいます。
平成12年6月5日、有名料理店や割烹などで修行させていただいておりました四代目(間 康正)を店主として、現在の「四代目小鉢屋 春帆」を開店させていただきました。小粋な店内で、お安い料金で、美味しい料理やお酒をお楽しみ頂こうとの考えから、旬の素材を活かした小鉢料理を中心にご提供するお店として営業させていただいております。二代目から続く三代目が頭の上がらないお客様から、三代目の悪友・親友ともいうべきお客様、そして、四代目が当店で新たにご贔屓いただいております新しいお客様…。多くのお客様にご贔屓いただいております、宗右衛門町の知る人ぞ知る店「四代目小鉢屋 春帆」です。これからも多くのお客様との出会いが、また新たな当店の歴史へ繋がった行きますように…、皆様のご来店を心よりお待ちしております。


